オフコースのベストアルバム「ever」を聴いた感想レビュー

前回はオフコースのベストアルバム「ever」に付いてたブックレットに、オフコースの歴史が書かれていたので、その年表と自分がオフコースと出会った時期を重ねて、くだらない記事を書きましたが、今回は楽曲の感想を書きたいと思います。

後からTwitterの小田友さんから聞いた情報なのですが、このベストアルバム「ever」の選曲は、レコード会社のHPでファンが投票して決めたものなのだそうです。

それに対して、その後に発売された小田さんのベストの「あの日あの時」は、小田さん自身が選曲したのだそうで、ファンは、小田さんが一体どんな選曲をするのかドキドキしながら待っていたそうです。

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小田和正さんがきっかけでオフコースの世界へ

私は中学時代にオフコースのベストアルバム「YES-YES-YES」に触れた時期があったのに、その当時は「いいな」と思っただけで、オフコースにのめり込むことはありませんでした。

それが、小田さんのベストアルバム「あの日あの時」を聴いたことがきっかけで、30年経った今になって小田さんに魅せられてしまいました。

70歳近くにもなって、新たなファンを獲得することができる小田さんの歌のチカラは、本当にすごいです!

私のような40過ぎのおばちゃんだけではなく、若い世代の方々にも支持されているようですし、小田さんはいろいろな世代から愛される、すばらしいアーティストだと思います。

小田和正さんとオフコースは別物

小田さんにはまった私は、オフコース時代の小田さんを探るために、2015年に発売されたオフコースの最新ベストアルバム「everを購入したわけですが、「あの日あの時」の収録曲と実際に聴き比べると、同じ曲のはずなのに全然違う…

小田さんの曲で小田さんが歌っているんだけど、今の小田さんとは違う、ぜんぜん別物であるように感じました。

この「ever」に収録されている曲たちは、1973年~1983年の作品で、古いものは40年以上前に録られていますから、古臭い感じは否めません。

小田さんのベスト「あの日あの時」は、オフコース時代~解散後も長い長いキャリアを積んで、その集大成のような形で発売された作品なのでしょうが、この「ever」に収録されている曲たちは、古いながらも、現在の小田さんの曲たちとは違った輝きがあるように感じるのです。

あくまでも私個人の感想ですが。

今も透明感を感じる歌声ですが、お若い頃はより透明で響く感じがしました。

LOOKING BACKでセルフカバーしたものもいいですが、オリジナルも素晴らしいです。

「あの日あの時」で小田さんにハマった人には、ぜひこちらもオススメです。

オフコース復活を望むファンの謎は解けた

オフコースの再結成(は、ないとしても一夜だけの復活)を望むファンが、オフコースが5人で活動した最後のライブ、「日本武道館10日間公演」の最終日である1987年6月30日から30年後にあたる、来年2017年6月30日に再び同じ武道館の地で、ファン主催の同窓会を開こうとしているという記事を読みました。

オフコース IN 日本武道館プロジェクト Fan Power

※ 2017年5月更新 残念ながら3,000人集まらず、開催を断念したようです。

これを読んだ私は、「今も小田さんがオフコース時代の楽曲を歌っているのだし、別にオフコースが復活しなくてもいいじゃん!」と思っていました。

「小田和正=オフコース」だと思っていたんですよね。

それが、このアルバムを聴いて、ちょっと謎は解けました。

「オフコースはオフコースであって、小田さんではない!」 ということが。

小田さんとは別でオフコースにもはまった!!!

ここ数日、狂ったようにeverを聴きまくっているのですが、これはこれでとっても素晴らしくて、はまってしましました。

さすがに大音量にすると、ちょっと音が割れてしまうのが難点ですが、30年以上前の楽曲ですからどうがんばってもこれが限界なのでしょう。

それでも最新の小田さんベスト「あの日あの時」に引けを取らない、心を揺さぶられるアルバムです。

ブックレットも充実していたし、CDで購入してよかったです!是非お勧めです!!

オフコースのベストアルバム「ever」収録曲

この「ever」も、小田さんの「あの日あの時」と同じように、楽曲が古いものから順に時系列で並んでいます。

オフコースのデビューは1970年4月5日でしたが、デビューシングルから何作かは、他人の作った曲を歌って、メンバー自身が作詞・作曲した曲を歌いだしたのは、1973年からだったそうです。

まずは、1973年6月5日発売のデビューアルバム「オフコース1 僕の贈りもの」に収録されている2曲から。

お二人は26歳くらいです。

デビュー当時は3人だったメンバーが、減ったり増えたりしながら、1972年には小田さんと鈴木さんの2人になっていて、この2曲は、オフコースがデュオだったころの曲です。

「水曜日の午後」が小田さん、「でももう花はいらない」は鈴木さんが歌っています。

1 水曜日の午後  1973年

小田さんと交友が深い、スターダストレビューの要さんが一番好きな曲らしいです。

もう少し早く気が付けば…
誇りと自信を失くして
どんなに小さくなった自分でも
夢さえあれば 何とか生きて行ける

小田さんはその頃の自分の経験を歌詞にしたのでしょうか…勝手な想像です。

※後からの情報ですが、早稲田大学大学院時代に、初めてピアノで作った曲なのだそうです。音楽に進もうか建築に進もうか、迷っていた頃だったそうです。

2 でももう花はいらない 1973年

デビューアルバムが発売され、オフコースが初めて単独でリサイタルをした時のラストの曲が、この「でももう花はいらない」だったそうで、”小田さんが感激の涙で歌えなくなった”というエピソードを、アルフィーの坂崎さんがラジオ(のyoutube)でしておられました。

この2曲は、苦労の末、ようやく自分達の曲でアルバムをリリースし、単独でリサイタルを行えるようになった頃の楽曲のようです。

しかし、このアルバム発売の翌年、1974年1月10日に実施された札幌でのコンサートは、観客が僅か13人だったと書かれていますから、当時はぜんぜん売れなかったみたいで、坂崎さん曰く、「きれいで上手なんだけど、毒がなさ過ぎて流れてしまう」と当時はあまり評価されなかったようです。

3 眠れぬ夜 1975年

1975年12月20日発売の通算7枚目のシングル。

28歳。若くてかわいいです

5年後の1980年に西城秀樹さんがシングルで発売し、ヒットして「ザ・ベストテン」にもランクインしたみたいですが、西城秀樹さんが番組内で

「この曲を作ってくれた小田さんが喜んでくれました~」

とコメントしたそうです。

しかし、この曲を出した当時は、特別売れた訳ではなかったようですね。

でも、今ではオフコースの代表曲のひとつで、私も、私の子供たちも大好きな曲です。

小田さんのベスト「あの日あの時」のギター伴奏&女性コーラス入りもいいですが、弾むような原曲の感じは

「あぁ、これだ、これ!」

と、「YES-YES-YES」を聴いた中学時代を思い出し、懐かしくなります。

4 雨の降る日に 1975年

5 愛の歌 1975年

1975年12月20日発売に、シングル「眠れぬ夜」と同時発売された4作目のアルバム「ワインの匂い」に収録されていた2曲。

「オフコースは暗い」と言われていた時期があったようですが、この2曲は本当に暗い感じの曲です。

この辺りの楽曲は、ユーミンの「ひこうき雲」「やさしさに包まれたなら」などを連想させます。

サウンド全体が古臭い感じは否めませんが、どこか懐かしい感じのする曲たちです…私はビリーバンバンみたいだと感じました。

「雨のふる日に」のイントロには雨の日に車が走り去る音が入っているのですが、これは小田さんが、当時の愛車サバンナを実際に走らせて録音した音だそうです。

※オフコースパワー実行委員会より

6 秋の気配 1977年

1977年8月5日発売の通算11枚目のシングル曲。30歳。

シングルレコードのジャケット写真は、二人で写っていたようですが、実際の楽曲づくりには、大間さん、清水さん、松尾さんが参加されるようになった頃で、デュオからバンドに変化した頃のオフコースの楽曲です。

オフコースの人気曲ランキングでは、いつもトップを取るという、押しも押されぬ代表曲。

小田さん曰く、「冷たい男の歌」。

つい最近のライブのMCで、小田さんご本人が「この曲は結構事実で出来ています」と仰ったそうです。

冷たい男 = 自分

だったみたいですね

それを知って、改めて歌詞を見返してしまいました。

小田さんが冷たい男だったとしても、やっぱりいい曲であることは変わらないし、流れこんでくる美声とハーモニーに、思わず目をつぶって聴き入ってしまいます

全部帳消しにしてしまうくらいの歌声です。

7 夏の終り 1978年

1978年10月5日発売の6枚目のアルバム「FAIRWAY(フェアウェイ)」の収録曲。

31歳。

「あの日あの時」に収録されている「夏の終り」より、小田さんの声が女性ボーカルのように高く感じてしまいます。

また、その歌い方が、山本潤子さんそっくりに聞こえます。

そう感じるのは私だけでしょうか??

バックコーラスの声もまるで潤子さんです。

実際に潤子さんが入っているのでは?といろいろ探しましたがそのような記述はありませんでした。

8 愛を止めないで 1979年

1979年1月20日発売の15作目のシングル。当時もちょこっと売れたようです。

32歳。ジャケット写真が5人に増えていますね。

2016年春のドラマ「OUR HOUSE」の主題歌にもなりました。こちらも現在小田さんが歌っているよりもキーが高いし、テンポがゆっくり目です。

声が伸びやかで、本当にうっとりしてしまいます

ドラマ「OUR HOUSE」では、この主題歌が流れる瞬間を一番の楽しみに見ていましたが、週によっては、ほんの少ししかかからない時があり、少し不満でした。

ですが、さすがに最終回では長く流してくれましたし、ドラマの中で松下由樹さんが「主題歌流れるかもよ!?」とイジるシーンもあったりして、最後はサービス満点で楽しく終わりました

9 思いのままに 1979年

1979年10月20日発売の7枚目のアルバム「Three and Two(スリーアンドツー)」に収録の曲。32歳。

このアルバムのジャケット写真は、表は新メンバーの3人で、裏面が小田さんと鈴木さんが写っているそうです。

この「思いのままに」は、今までぜんぜん知らなかったけど、心に響いてきた。

いい!!すごくいい!!

誰にも 僕のゆく道を 止められない
そうだろう 行かせてほしい
君は 君の歌 歌え
僕はこの想いを 調べにのせて~

何か切ない感じ…。

ちょうど、鈴木ヤスさんがグループを抜ける意思を伝えた頃の楽曲なので、その頃のやり取りを詩にしたのかな??と、また勝手に想像してしまいました

名曲だ、これ

10 生まれ来る子供たちのために 1979年

こちらも7枚目のアルバム「Three and Two(スリーアンドツー)」に収録の曲ですが、次の楽曲「さよなら」の次のシングルとして、アルバムからシングルカットされて1980年3月5日に発売された18枚目のシングル。

(小田さんの「あの日あの時」の無料リーフレットには、「さよなら」よりも後に書いたと書かれています。そうなるとこの順番は逆ですね)

※その頃のジャケット写真は見つけることができませんでした。

この曲は小田さんの「あの日あの時」にも収録されていて「君住む街へ」ツアーでも、アンコールで歌ってとても素敵でしたが、間奏のハーモニカの音とハモリの美しさではこちらが上と感じました。

11 さよなら 1979年

1979年12月1日発売の17枚目のシングル。32歳。

小田さんのベストでは、「さよなら!さよなら!さよなら!」と切るように(”ああ~”と伸ばすコーラスなし)歌っていますが、こちらはさすがオリジナル!

「さよなら~さよなら~さよなら~」と伸びやかで美しいハーモニー♪

そして、”君の涙が、流れては落ちる…” の後が少し長くあいて、ズン ズン!という音!

これですよ、これ!!

当時、「OLがこの曲を聴いて涙を流した」と有名でしたが、これがオフコースの「さよなら」ですね!!

本当に自然に涙がこぼれてきちゃいます

名曲や~~

12 Yes-No 1980年

1980年6月21日発売の通算19枚目のシングル。33歳。

私が初めて出会ったオフコースの楽曲です。

先日TVで俳優の吉田鋼太郎さんも、この「Yes-No」がひとしお好きだとおっしゃっていました。

この曲に説明は要りませんね。抜群です。

13 一億の夜を越えて 1980年

1980年11月21日に発売された、通算8枚目のアルバム「We are」に収録された曲。

鈴木さんが歌っています。33歳。

子供の頃に聞いた沢田研二の流行歌を思わせるような楽曲。

思わず口ずさんでしまう馴染みやすい楽曲で、オフオースの楽曲の中では「かっこいい」という印象。

当時、小田さんの曲は女々しいと言われていたそうですが、正反対な、男くさい曲です。

14 I LOVE YOU 1981年

1981年6月21日発売の通算21枚目のシングル。34歳。

※その頃のジャケット写真は見つけることができませんでした。

女の私でも高いな~と思うくらいの小田さんの高音が切ないと思ったら、終盤で「I LOVE YOU~」とジャミジャミな汚い声が・・・

こんな汚い叫び声、いらん!

何て言ったら、小田さんや昔からのファンの方に怒られそうですが。

15 愛の中へ 1981年

1981年12月1日発売の通算22枚目のシングル。34歳。

このシングルと同時発売のアルバム「over」の中にも収録されていました。

汚いダミ声を聴いた後のこの曲は、小田さんの爽やかな美声が際立ちます

この曲も大好きになりました。

きかせて あなたの声を
抱かせて あなたのからだを

小田さんが歌うちょっと卑猥な歌詞!?がヤバイです

病みつきになります。

16 言葉にできない 1981年

1981年12月1日発売のアルバム「over」の中にも収録されていて、翌年の1982年2月1日に通算23枚目のシングルとして、アルバムからシングルカットされた曲です。

鈴木ヤスさんが脱退してオフオースが終わっていく…そんな心境で作られた曲のようです。

現在、小田さんが歌っているものにはない、

もう・・・今は・・・

というフレーズと、松尾さんのハーモニカが印象的で、小田さんが今歌うものより、切ない気がします。

17 YES-YES-YES 1982年

1982年6月10日に通算24枚目のシングルとして、発売された曲です。

5人のオフコース時代の最後のシングルとなります。

※シングルのジャケットが見つからず、同名のベストアルバムのジャケット画像になります

5人最後の武道館10日間公演で、コンサートはすでに終了したのに、お客さんがなかなか帰らなくて、客席からこの「YES-YES-YES」を大合唱をしたとか。

6/10にこのシングルが発売され、コンサートは6/15~6/30までですから、発売されてすぐの曲を、そらで歌えるくらい練習してコンサートに臨んでいるんですよね。

そのエピソードを聴いただけで、じわ~っと涙が出てきちゃいます。

「あの日あの時」の発売時に限定で無料配布(私はネットオークションで有料で買いましたが)されていたリーフレットの中にも、そのエピソードについて小田さんがインタビューに答えておられました。

anoihianotokipanfu

「over」のツアー中にリリースして、ライブで演奏しようという気持ちもなかったんだけど、確か武道館10日間のちょっと前に発売されて、そしたらみんな、覚えてきてくれたんだな。終演して客出しの時、この曲をPAから流したら、みんな帰らずに歌ってくれたんだ。袖に見に行って、聴いて、びっくりしたな。「みんな歌えんじゃん。俺、まだ歌えないに」って(笑)。そいう、思い出多き歌ですけどね。

この時のみんなの声の音源を小田さんの声とMIXさせて、ベストアルバムNEXTに収録したそうです。

18 君住む街へ 1988年

そして、最後の曲。

1988年1月25日発売の通算34枚目のシングルです。

4人になったオフコース時代の曲で、「YES-YES-YES」から6年後の楽曲です。

この曲はメンバーさんが、かわりばんこにメインボーカルを担当しているのが印象的です。

小田さんが、コンサートツアー名に使うくらいですから、大切な大切な1曲なんでしょう。

この曲が、4人のオフコース時代の、代表曲なのかも知れません。

最後に…

好き勝手に書いてしまったので、オフコースファンの方からすると「勝手なこと書くな!!」と怒られそうですが・・・

とにかく、ファンが投票で選曲した!というこのアルバムをきっかけに、私もオフコースファンの仲間入りをさせて頂きました。

ここからもっと掘り下げて、オフコースと小田さんのことを勉強していきたいと思います。

最後までご覧いただきましてありがとうございました<(_ _)>

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